うつ病だった従業員を配置転換させるのは義務? 適切な対応と注意点
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東京都福祉保健局の統計資料によれば、東京都民の令和2年10月時点の気分(感情)障害(躁うつ病を含む)患者数は24万人に及ぶとの推計が発表されています。
このことからも分かるとおり、うつ病に罹患することは決して珍しいことではありません。
そこで、この記事では、うつ病の従業員が復職した際の配置転換に関する適切な対処やうつ病の従業員に対する解雇など重要な問題について、ベリーベスト法律事務所 銀座オフィスの弁護士が解説いたします。
1、うつ病の従業員が復職したときは配置転換が義務? 適切な対処法とは
うつ病などのメンタルヘルスの不調によって休職していた従業員が復職した際には、どのように対応するべきなのでしょうなのか。
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(1)そもそも配置転換とは?
配置転換とは、業務の必要に応じて労働者の職務内容、所属部署や勤務場所を変更することをいいます。会社が配置転換を命じること(配転命令)は、労働契約に基づく使用者の人事権の行使として行うことができるものです。
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(2)うつ病の従業員が復職したときには、配置転換が必要なのか?
それでは、うつ病で療養していた従業員が復職したときに、配置転換を行う必要があるのでしょうか。その従業員の方から配置転換を希望された場合には、どのように対応するのがよいのでしょうか。
従業員が配置転換を希望しても、必ずしも会社がそれに応じる必要はありません。配置転換は、会社の人事権の行使に基づくものであって、従業員から配転の申出があったからといって、これに応じる義務はないのです。
なお、配置転換の可否ではなく、賃金請求権の有無が争われた判例ですが、労働者からの配転の申出について、考慮すべき要素を判断している事案がありますので、紹介いたします。最高裁平成10年4月9日判決(片山組事件)
建設会社で雇用された現場監督業務に従事していた従業員が病気に罹患し、現場での業務を行うことができないため、現場事務所の内勤業務に従事させるよう申し出たものの、会社がこれに応じず、自宅で治療すべき旨の業務命令を発し、その間、賃金を支払わなかった事案です。
最高裁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」とし、労働者は賃金請求権を失わないとしました。
ここでは、配転にあたっては「能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして」検討することが示されており、参考になるでしょう。
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(3)安全配慮義務
会社は従業員に要請されても、必ずしも配置転換に応じる必要はありませんでした。
しかし、会社は、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮」をする義務=安全配慮義務を負担しているため(労働契約法第5条)、安全配慮義務に違反することがないように対応しなくてなりません。
従業員にとっては、これまで行ったことのない新しい業務を行うことで、大きなストレスを感じることもあるでしょう。安易な配置転換が精神的なストレスとなって、労働者の精神疾患が増悪したり再発したりすれば、使用者は安全配慮義務違反を問われることになります。
一方で、配置転換をせずに、休職前の業務を行った場合に、従前の職務環境がうつ病の原因だったとすれば、むしろ、安全配慮義務の観点からは配置転換を行うべきケースといえます。
以下、配置転換と安全配慮義務が争われた裁判例をご紹介いたします。岡山地裁平成24年4月19日判決
疾病による療養から復職した労働者について、外勤から内勤と異動させ、能力などから、本店のサポートセンターへの異動を行い、残業などの解消のため現金精査室へ異動させた後に、体調面の考慮から人事総務部への異動をさせた事案です。
裁判所は「確かに、短期間で各部署へ移されている上、その結果、各部署で不都合が生じたことから次の異動を行ったという場当たり的な対応である感は否めないものの、被告銀行が能力的な制約のある原告を含めた従業員全体の職場環境に配慮した結果の対応であり、もとより従業員の配置転換には、被用者にある程度広範な裁量が認められていることにも鑑み」て、安全配慮義務違反にはならないと判示しました。 -
(4)適切な対応とは?
配置転換をするべきかどうかは、結局のところ、一義的に決められるものではなく本人の希望を確認し、コミュニケーションを十分に取った上、先の最高裁の判例にもあった「能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして」個別的に判断するほかありません。そして、この際には、主治医や産業医などの意見も踏まえておくべきです。
2、うつ病だった従業員を配置転換するメリット・デメリット
うつ病だった従業員を配置転換するメリットやデメリットはどのようなものがあるでしょうか。
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(1)配置転換するメリット
配置転換を行うことで、従業員は休職前の仕事や人間関係から離れることが可能です。休職前の職場の環境や職務内容に起因して、うつ病を発症していたような事情があれば、その環境から離れることで、業務のリスタートを行うことができるため、有益な方法のひとつといえるでしょう。
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(2)配置転換するデメリット
一方でデメリットも存在します。
環境の変化そのものによるストレスに加えて、従業員がこれまで経験していない業務内容である場合には、特に大きな負荷がかかります。また、人間関係も再構築することになるために、コミュニケーションの負担も大きいものです。
安易に配置転換を行ってしまったことによって、再度うつ病が発症した事例は多く存在します。
3、うつ病を理由に従業員を解雇するときのリスク
解雇は、世間で考えられているよりも実務的にはかなりハードルが高いため、慎重に判断する必要があります。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、解雇権を濫用したものとして無効となります(労働契約法第16条)。
つまり、① 客観的に合理的な理由があり、② 社会通念上相当であると認められる場合に初めて解雇が有効となるのです。
一般的には、従業員がうつ病などの病気により労働能力を喪失して、就労不能となっていることは、基本的には①解雇の合理的理由となりえます。
しかしながら、従業員に回復する可能性があるのにもかかわらず、それを考慮することなく解雇した場合や、休職・業務軽減など解雇を回避するための措置をとることなく解雇した場合には、解雇権濫用等として解雇は無効と判断されることがあるので十分に注意しなくてはなりません。
平成17年2月18日東京地裁判決
躁うつ病について通院治療は必要だが事務作業は可能との診断書が提出されていたにもかかわらず、専門医に指導を求めるなど適切な対応をとらず、回復可能性を考慮せずになされた解雇は権利濫用として無効と判断しています。
4、うつ病だった従業員とのトラブルを避けるための対処法
うつ病だった従業員が復職する際、トラブルを避けるためにはどうすればよいのでしょうか。
復職後の部署の他の従業員と調整を行う一方で、人事担当者や上司が当該従業員に丁寧に復職後の業務等について説明することは重要です。従業員一人ひとりに合わせて復職に向けた支援を一緒に考え、コミュニケーションをとり、できる限りの目配りをすることがトラブル防止につながるといえます。
それでも、残念ながらトラブルが生じてしまうこともあるでしょう。その際には、なるべく早い段階で弁護士へご相談ください。
5、まとめ
うつ病に罹患した従業員が復職される際には、配置転換の問題から解雇に至るまで様々なトラブルの種が潜んでいます。復職後の勤務状況によっては、降格や懲戒処分なども生じる場合があります。
このようなトラブルが生じた場合には、労働問題について知見のある弁護士にご相談いただくことはもちろん、うつ病は決してまれな病気ではありませんから、トラブルが生じないよう就業規則や社内体制を平時から整備しておくことが重要です。
ベリーベスト法律事務所では、お客様のニーズに合わせた柔軟な顧問弁護士サービスも提供しておりますので、日頃からの顧問弁護士としての相談も可能です。
そして、労働問題について豊富な経験のあるベリーベスト法律事務所 銀座オフィスへお気軽にご相談ください。
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